さの隆先生が描くサスペンス漫画『君が僕らを悪魔と呼んだ頃』。
高校生の斎藤悠介は半年間失踪。
発見されたときには記憶を失っていた。
過去の自分はどんなヤツだったのか……
忘れたままのほうが良いんじゃないか……
葛藤しながらも、記憶の迷宮に迷い込む。
「悪魔」と呼ばれるほど凶悪だった悠介。
前回は会澤のあの手のひらの穴について、医師さんにうかがいましたが、今回は悠介の犯罪について。
弁護士さんに「もし逮捕されていたらどんな罪に問われるのか」、「もし悠介を弁護する側になった場合、どう対応するのか」をうかがってみました。
さて、早速ですが悠介が関わったであろう犯罪を洗い出してみました。
数々の悪魔的所業
第一話目からこれです。
熱湯をかける、同級生の手のひらに穴を開ける、ハンマーで足の骨を砕く……
そして、婦女暴行に売春行為。
中学生ですよね?
そして、逃げられないように記録。
そりゃ「悪魔」と呼ばれるのも納得です……
早速、弁護士さんに質問してみました。
今回、回答をくれたのは浅野総合法律事務所の浅野英之弁護士。
依頼をしたところ「それは興味深いテーマですね」と快諾いただき、真面目にコメントをくれました。
−−『君が僕らを悪魔と呼んだ頃』という漫画で、主人公が中学生のときに数々の犯罪を犯しているんです。作中、明るみに出ることがないのですが、もし逮捕されていたらどんな刑罰を受けるのかをうかがえれば嬉しいです。
弁護士さん:
先に単行本を送っていただきありがとうございました。
今回のテーマをうかがい、あらかじめ、犯罪行為に当たりそうな箇所をピックアップしておきました。
まずこちらですね。
刑法204条に、「傷害罪」に関する定めがあります。
傷害罪が成立するには、簡単に言うと「人の生理的機能を害した」と言えることが必要となります。
医師の記事を拝読しましたが、手のひらに穴を空けられた会澤は、手指の一部を上手く動かせなくなってしまった可能性があるということでした。そうすると、「生理的機能を害された」ということができ、傷害罪が成立する可能性があります。
同様に、日本地図を描こうと熱湯をかけられたシュウは、数年経っても消えないほどの火傷を負わされていますから、この熱湯をかける行為についても、傷害罪が成立する可能性があります。
三田村兄の足の指をハンマーで砕き、骨折させた行為についても、やはり傷害罪が成立する可能性があります。
ちなみに三田村兄の足の指を潰したのは三田村兄妹による母親の襲撃が原因となっていますが、襲撃から1週間以上経過しているため、緊急性が乏しく、正当防衛の成立も難しいのではないでしょうか。
−−なるほど。必ず犯罪が成立するというわけではないのでしょうか。
弁護士さん:
私たち弁護士が、刑事事件についての弁護を行うときの流れをもう少し詳しく説明しますね。
今回の取材では、「悠介が罪を犯しているかどうか」という前提でお話をしていますが、実際の刑事事件では、検察官が、罪を犯したことを証明する証拠を集め、裁判所で犯罪の成立を立証します。
いつどこで誰がどうしたのか。
それに悠介はどう関わっているのか、なぜ関わったのか。
直接手を下したのか、それとも誰かに指示を出したのか。
逆に指示を受けて行ったのか。
このようなことが、刑事事件では争点になります。
このコマでは、シュウが、「悠介は直接手を下していない」と語っています。
すると、悠介の犯罪が成立するためには、「手を下した人間が悠介の指示を受けていた」という事実などを証明する必要が出てきます。
この場合、悠介が主犯であったことを証明するのであれば、シュウの証言だけでなく、複数の証拠によって証明する必要があります。
−−なんとなくイメージはしていましたが……
弁護士さん:
ほかには、次のページの行為も、悠介に犯罪が成立する可能性があります。
この場合、相手の意思に反して性交渉を行っていますので、強制性交等罪(刑法177条)が成立する可能性があります。
そしてこちらのコマでは、売春の斡旋に当たる行為を行っているため、売春防止法に違反する可能性があります。
こちらでは妹に対しては強制性交等罪が成立する可能性があります。
そして、兄に対しては強要罪(刑法223条1項、2項)が成立する可能性が……
生命・身体・名誉等(親族の生命身体等も含む。)に害悪を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて義務のないことを強制させていたことが証明されればですが。
−−ここまでうかがっていて、意外にも僕ら素人が「これはダメだろう」と思うことがちゃんと法的にもNGとなっているんだなと感じました。
弁護士さん:
法律とは、平たく言えば、人々が安心して社会生活をするためのルールです。
そのため、普通に生きている人の生活が脅かされることは、法律でもルール違反とされる可能性が高いです。
特に、犯罪になるような行為は、一般的に考えても「やってはダメだろう」と想像のつくような行為が多くあります。
−−なるほど、それではこちらなど、何の罪に問われるかわかりませんが「普通に考えて良くないだろう」と思いました。どう考えていくのでしょうか?
廃校に忍び込んだカップルのシーンです。
まず男性をスタンガンで無力化し、女性を拘束して性行為を強要しようとしている。また、最後には口止めのため、ヌード写真を撮っていますが、いかがでしょうか。
弁護士さん:
最初に言えるのは、廃校に忍びこんでいる行為が、建造物侵入罪(刑法130前段)にあたる可能性があるということです。
そして女性を拘束していることから逮捕・監禁罪(刑法220条)も成立します。
最後に、吹き出しにあるような発言、行為は、脅迫罪(刑法222条)、強要罪などが成立する可能性があります。
先ほども紹介したこのコマですが、自ら直接犯罪を実行していなくても特定の犯罪につき共謀があり、犯罪を計画し、他の者に命令して犯罪を行わせていたといった場合には共謀共同正犯として、正犯(自ら直接的に犯罪を実現した人)と同様に処罰される可能性があります(刑法60条)。
また、仮に共謀共同正犯が成立しなくとも、該当する犯罪の教唆犯(犯罪をそそのかすこと)や幇助犯(犯罪の実行を容易にすること)が成立する可能性があります(刑法61条、62条)。
勘違いされやすいことですが、「自分は直接やっていない」というのは親や教師には通じても、法律の世界では通じません。
−−なるほど……
弁護士さん:
あと気になったのはこのシーン。
悠介が殺人を犯しています。
殺人罪の法定刑は「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」です(刑法199条)。
その法定刑の範囲で、裁判所が量刑を決めます。
もっとも、本書を拝見したところ、殺人罪については正当防衛(刑法36条)が成立する可能性もあります。正当防衛とは、つまり、悠介の行為が自己又は女性を守るためにした行為と認定されることです。
正当防衛が成立する場合には、無罪となりますし、防衛行為の程度がいきすぎて過剰防衛となったとしても、動機や情状の面で減刑する考慮要素になり得ます。
−−最後にうかがいたいのですが、もしこうした数々の行為が明るみに出て、悠介が裁判にかけられることになった場合、もし弁護人として立ったらどう弁護していきますか?
弁護士さん:
これは面白い質問ですね。
今回紹介したような犯罪が全て問題となった場合には、無罪を主張することは難しいでしょう。
本書を拝見した限り、客観的な物証に加え、被害者、証人が多数おり、それらの者の供述も有力な証拠となるからです。
そのため、有罪を前提として、情状に重きを置いた弁護活動を行います。
一方で、高校生時代の行為など、一部の行為については正当防衛もしくは過剰防衛の主張を中心とした弁護活動を検討するかもしれません。
−−なるほど、ありがとうございました!
悠介は逃れようがないほど多数の人に被害を与える行為を行っているため、全ての犯罪が立証されなかったとしても、かなり重い処罰が下る可能性があります。
記憶をなくした、しかし、過去からは逃れられない……
自分は真っ当に生きていきたいなと痛感しました。
なお、浅野弁護士は「マガポケベース」以外でも取材協力をしていただいたことがあるのですが、法律や弁護士の仕事をわかりやすく話してくれるかたでしたので、困ったことがあれば相談してみてください。