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【ショウ年マンガ】音楽家ヤマモトショウの自由研究 第4回「意外と多い? 「原作者作詞アニソン」研究」

今回は、「別マガ」12月号に掲載された【ショウ年マンガ】音楽家ヤマモトショウの自由研究 第4回「意外と多い? 「原作者作詞アニソン」研究」を大公開!

 

別マガ異色のエッセイ連載、第4回―!
ショウ年マンガ

音楽家ヤマモトショウの自由研究
第4回「意外と多い? 「原作者作詞アニソン」研究」

■主題歌はアニメの顔!

 自分の好きなマンガがアニメ化される時は色々なことを期待してしまいますが、特に「主題歌や挿入歌がどんなものになるのか」を想像するのが楽しみです。僕もアニメ関連の楽曲の歌詞を書くこともありますが、その作品との繫がりを大事にしたり、使われるシーンをイメージしたりと、単にアーティストの楽曲をつくるのとは違います。
 アニソンの中にも名曲はたくさんあって、一つ一つ語り出したらキリがないわけですが、今回は一つ「マンガ原作者が作詞した主題歌」についての話をしてみようと思います。

 

■原作者作詞アニソン界の4番バッター!

 なんといってもまず思い浮かぶのは『ちびまる子ちゃん』の「おどるポンポコリン」(作詞:さくらももこ、作曲:織田哲郎)ではないでしょうか。私が語るまでもなく、不世出の天才的歌詞であることは間違いないのですが、それにしても『ちびまる子ちゃん』のシュールでナンセンス(でもかわいい!)な世界観をここまで表現できているのは奇跡的です。さくらももこ先生は、他のアーティストの楽曲も作詞をされているので「作詞家ではない」とまでは言えませんが、少なくとも「おどるポンポコリン」の歌詞は、普通の職業作詞家には書けないものだと思います。だって、サビがほとんど「ぴーひゃら」と「ぱっぱぱらぱ」だけなんですよ。作曲の織田哲郎さんがアドバイスするまで、サビに曲名すら出てこない構成だったそうです。衝撃的です。
 さくらももこ先生は、エッセイ『ひとりずもう』の中で、高校生から短大生の時のご自身の姿を書かれていました。少し大人になった「まるちゃん」を見られるわけで、それ自体もぐっと来るのですが、ご自身が高校生の頃に自分の「エッセイスト」としての才能に気づかれたということを書かれておられました。エッセイストの才能…といっても様々だとは思うのですが、僕はさくらももこ先生の「主観」と「客観」を行き来する能力がすさまじいと思っています。とんでもなく主観的に、ほとんど思い込みのように物事を見ているようで、みんなにとっても「わかる」「面白い」物語に転化する感覚です。歌詞もめちゃくちゃなことを書いているようで、真理にも思えるという絶妙なライン。まさに『ちびまる子ちゃん』らしさがあるように感じます。
 『ひとりずもう』の中で、さくらももこ先生が漫画雑誌に投稿をされていた頃、時を同じくして矢沢あい先生も投稿をされていて、投稿作のクオリティに大きく刺激を受けたという描写がありました。矢沢先生といえば、(アニメではないですが)『NANA』が実写映画化された際に、主題歌「GLAMOROUS SKY」(作詞:矢沢あい、作曲:HYDE)を作詞されています。こちらは劇中で主人公たちのバンドが歌う楽曲でもありますが、マンガ本編には歌詞などの情報は一切出てこないので、映画に合わせてつくられた楽曲と予想されます。やはりこの歌詞も、矢沢あい先生にしか出せない世界が描かれていると感じます。特にサビの歌詞は「(少なくとも登場人物の心情をそれぞれに把握している)原作者が書いている」と前提しないと、中身が読み取れない歌詞構造になっているようにも思います。私のような職業作詞家には書けない、ユニークな歌詞です。
 「おどるポンポコリン」と同じような感覚にさせられるのは、『ドラえもん』の「ぼくドラえもん」(作詞:藤子不二雄、作曲:菊池俊輔)でしょうか。これもサビは、「ホンワカパッパ」と「ぼくドラえもん」しか言っていません。「ホンワカパッパ」が、何なのかわからないのも最高です。今、僕が作詞家としてこのような歌詞を書いたらYouTubeのコメント欄で「意味がわかりません」とかコメントされて、ちょっと炎上するんじゃないかとすら思います。でも、原作者さんの言葉には安心感があるから全く気になりませんし、この語感のかわいさは唯一無二だと思います。

 

■「原作者作詞」の向き・不向き? 考察

「おどるポンポコリン」にしても、「ぼくドラえもん」にしても、このような歌詞の作り方が成立する理由の一つに、ストーリーマンガではなく、基本的に一話完結である、という点があるように考えました。例えば前述の『NANA』は、まだ劇中のロックバンドの曲ということで、意味の主軸を置くことが可能ですが、それとは関係なくストーリーマンガの主題歌を原作者が作詞した場合、そこには何かその後のストーリーなどに関わる「意味」が含まれているのではないか、と考えられてしまうかもしれません。
 『ONE PIECE』の尾田栄一郎先生は、アニメ主題歌の作詞をしたことはこれまではありません。もし「次の主題歌は尾田先生による作詞です」と言われたら、誰もが「きっと物語の今後に関係する伏線が含まれているに違いない」と思ってしまいませんか? その点、「ドラえもん」でその心配をする必要はないわけです。ただし、尾田先生はまったく作詞をされていないということはなく、マンガ内に出てくる曲では歌詞を書かれています。海賊たちがよく歌う唄として出てくる「ビンクスの酒」という曲は、物語の核心に関わる伏線があるのではないか、という議論もよくされています。『ONE PIECE』はいまだに明らかになってない秘密や伏線もたくさんありますし、数少ない作者自身による詩的なアウトプットからは色々考察してみたくなってしまいますよね。
 一話完結型の作品でいうと、同じく国民的アニメ『クレヨンしんちゃん』では第一期のOP「動物園は大変だ」(作詞:臼井儀人、作曲:織田哲郎)のみ、臼井先生ご本人の作詞です。クレヨンしんちゃんで多くの人が思い出す曲は「オラはにんきもの」だと思うのですが、こちらは里乃塚玲央氏の作詞によるもので、子供向け作品を多く作られているプロの作家による、個性的ながらバランスもとれたすごい楽曲です。臼井先生が一曲目以降を書かなかった理由はわかりませんが、「動物園は大変だ」はいわゆる子供向けにつくる部分と、臼井先生のシュールさとのバランスで結構葛藤があったのかなと個人的には思います。その感じもとても面白いんですけどね。
 『セーラームーン』の武内直子先生も何曲も作詞をされています。特に印象的なのは「タキシード・ミラージュ」ではないでしょうか。「三日月のシャーレ」からはじまる歌詞は、まさに武内先生の描く世界観の真骨頂、という感じです(僕はこの曲を最初に聴いたとき「シャーレ」という言葉を知りませんでした)。「ビロードの香り」もそうですよね。ビロードの「香り」なんだとか、ベルベットではなくやはりビロードだよな、とか、『セーラームーン』にハマっていたわけではない僕ですら、世界観にどっぷりと浸かれるような素晴らしい歌詞だと思います。
 近年では、原作者による作詞楽曲がそれほど多くないと思うのですが、今後また名作が出てくることを楽しみにしています。特に、ストーリーマンガでこれまでの常識を覆すような斬新な歌詞が生まれたら面白いですね。

 

11月の担当編集
「モノクロの世界で君だけがカラフル」的な自作のラブソングをクラスで回し読みされた過去があります。

 

次回 「東大マンガ論」 につづく!

 

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