「週刊少年マガジン」35号から連載が始まった『巨竜戦記』、もう読みましたか?
手がけるのはモンスターパニック漫画『ハカイジュウ』やホラー漫画『彩子』や『切子』など、数多くの人気作を描いてきた本田真吾先生!
本作は、日本の都市に突如現れた竜と人との戦いを描いたダークファンタジー作品。
「竜」は中国から伝来し、日本にも定着。友松の「雲龍図」など、有名な屏風絵や水墨画の題材にもなっています。
今回は、本田先生自ら、日本で最も有名な「竜」、ヤマタノオロチについての記述がある「古事記」と「日本書紀」について第一人者にインタビュー!
『巨竜戦記』を2倍楽しめる、歴史に迫っていきました。
『古事記』はこのために作られた!
本田先生:
松本先生、本日はお忙しいところ、ありがとうございます!
今号から始まる『巨竜戦記』はズバリ『古事記』の神話をモチーフに物語を進めていこうと思っています。今回は読者に、より漫画を深く楽しんでいただくために早稲田大学で『古事記』の研究をされている松本直樹教授にお話を伺いたく思います。
まず、日本史の教科書に『古事記』(712年成立)と『日本書紀』(720年成立)は並列して登場しますが、そもそも両者は何のために書かれたものなのでしょうか?
松本教授:
『古事記』と『日本書紀』は大和王権国家の歴史を書いた本です。
国家の歴史というのは、その時代の権力者が新しい国家の実現を目指す時に作られるものです。過去の歴史を定めて、自分たちの立場が正当であることを説明して、だから自分たちがこれからの国を担うのだということを宣言するのです。
かつて中国の冊封支配を受けていた日本が、そこから離脱しようとしていた時に、歴史書の編集が企画されました。その後、国内でも大化の改新や壬申の乱などの政治的な動きがあって、天武天皇(第40代)が、律令(法律)を定めて、いよいよ新しい国家を建設しようというときに、『古事記』と『日本書紀』の編集が始まりました。
本田先生:
なるほど、日本という国の成立を正当化するためなんですね。では、『古事記』と『日本書紀』の違いとはどこにありますか?
松本教授:
一般的には『古事記』は内向きで、『日本書紀』は外向きと言われています。
『日本書紀』は中国に通用する歴史書として、漢文で書かれました。一方、『古事記』は日本語で日本の国の歴史を書こうとしたものです。
稗田阿礼(ひえだのあれ)※1のような並外れた記憶力を持った人間がいなくなったとしても、日本語で日本の歴史を伝えられるようにと、太安万侶(おおのやすまろ)※2が編纂した結果、今日の私達もこれを読めるというわけです。
※1 記憶力に優れた天武天皇の舎人(警護や秘書的な仕事をする役人)。天武天皇が正しいと判断した歴史を誦習(書物などを口に出して繰り返し読むこと)することを命じられたとされる。つまり、日本の歴史を日本語で語り伝えることが阿礼の役目であった。
※2 稗田阿礼の誦習する内容を筆録して史書を編纂するよう、元明天皇(第43代)に命じられ、天皇に『古事記』を献上したとされる人物。
ヤマタノオロチ伝説は実在した!?
本田先生:
内容はほぼ同じでも、『古事記』と『日本書紀』は、作られた目的が違うということですね。
『巨竜戦記』の企画の成り立ちで言いますと、東京に巨大な竜が出現して大暴れするシーンから思い浮かべたのですが、そこで、ヤマタノオロチ伝説※3が実在したらという部分を妄想したところから始まりました。古事記におけるヤマタノオロチ伝説はどのように成立したのでしょうか?
※3 ヤマタノオロチという怪物に、毎年ひとりずつ娘を食べられて困り果てている老夫婦がいた。今年は末娘のクシナダヒメの番だという時に、太陽神アマテラスの弟であるスサノオが、地上に降り立つ。スサノオはヤマタノオロチを酒で酔わせて斬り倒し、その尾から天叢雲剣(草薙の剣)を手にし、クシナダヒメと結婚したという伝説。
松本教授:
日本列島のどこかにヤマタノオロチ伝説に類するパターンの神話が存在していて、それを『古事記』に取り入れたのだと考えられます。
このパターンというのは、「1.定期的に怪物が現れる 2.一人の乙女を生贄として求めてくる3.そこに英雄が現れて怪物を退治して、英雄と乙女が結婚する」というものです。
ギリシャ神話の神々の名前をとって「ペルセウス・アンドロメダ型神話」とも呼ばれていて、世界の広い地域で同じ筋書きの神話が伝承されています。
本田先生:
本当に竜が日本に出現したのでしょうか?(笑)
松本教授:
私は、竜とは氾濫する巨大な河川を表しているのだと思います。
洪水や濁流のニュースを見ると、テレビを通してでも本当に河川が蛇のようにうねってますよね。昔の人にはもっとリアリティがあって、本当に大蛇や竜のようなものを想像したのではないかと思います。
ヤマタノオロチが一年中ではなく、定期的に襲ってくるというのも、台風や大雨のシーズンを表していたのではないでしょうか。水田を壊し、人を殺すさまは、まさに大蛇や竜を想像させたのだと思います。正確な天気予報もない時代、この濁流がいつ収まるのか、つまりオロチがいつになったらいなくなるのか、見当もつかなかった古代人の気持ちは想像もできません。
なぜ歴史書なのに神話に!?
本田先生:
なぜ古事記は、日本の国を成立から説くことが目的なのに、歴史的な事実ではなく神話という物語を取り入れたのでしょうか?
松本教授:
当時の人々にとって、神話は間違いなくあった過去の出来事だと信じられていて、人が生きる上での掟のような特別なものでした。
神話に従って人は誕生し、神話を掟として村を営んで、神話が説く通り、確実に人は死んでいく。そういう神話の力を活用して、国の歴史を書き起こそうとしたのだと考えられます。
本田先生:
なるほど、神話が史実で、今も生き続けている掟だと考えられていたわけですね。『古事記』もとても興味深いですが、『巨竜戦記』ではヤマタノオロチ伝説がどのようにアレンジされて登場するかにも注目していただけるとありがたいです!
――では、最後に読者の方にメッセージをお2人からいただけますでしょうか。
本田先生:
『巨竜戦記』ではとことんエンタメ性を追求しますが、読んでいる人が日本という国を考えるきっかけにもなるといいなと思います!
松本教授:
古典を学ぶ意義の一つは、どの時代に生まれても、この国の歴史、精神の歴史の上に自分たちがいるというのを認識することだと思っています。この作品を機に少しでも興味を持ってもらえたら嬉しく思います!『巨竜戦記』、私も毎週楽しみに読ませていただきます!
・プロフィール
松本直樹
早稲田大学 教育学部 教授
【主な著書】
『古事記神話論』(2003年、新典社)
『出雲国風土記注釈』(2007年、新典社)
『神話で読みとく古代日本 古事記-日本書紀-風土記』(2016年、ちくま新書)
『ゆるゆる古事記 今日も神さまはやりたい放題 』(監修)(2019年、三才ブックス)
▼『巨竜戦記』は「マガポケ」で読める!
▼歴史ある美しい水墨画をテーマにした作品!
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