マガポケベースマガポケの秘密基地! ここだけで読める面白記事あります!

「デジタル作画は漫画の世界をどう変えている?」⑧<番外編・後編>:吉河美希先生インタビュー

 ★<前編>はこちら

 

 

『ヤンキーくんとメガネちゃん』『山田くんと7人の魔女』吉河美希先生——2006年のデビューから作画はアナログ、2012年からカラー原画のみデジタルで描いていましたが、2017年の『ヤンキーくんとメガネちゃん』の特別読み切りでは下描きから仕上げまですべてをデジタルで挑戦しました。

 

10年以上Gペンで漫画を描き続けてから挑んだ初のフルデジ。手応えはどうだったのか、率直な感想を聞いてみました。

 

f:id:magazine_pocket:20180129110043j:plain

 

 

●「実はメリットをあまり感じなかった」

 

——カラー原画に関しては『山田くんと7人の魔女』連載時の2016年に完全デジタルに移行したけれども、モノクロ原稿はすべてアナログのままだったと伺いました。

今回読み切りで一気にフルデジに挑んだのはなぜだったんでしょうか。

 

読み切りを描く機会があったので、今までと同じことをやるんだったら違うことがしたいのでやってみた、というところですね。

 

カラーのころから使っている機材(液タブ、「CLIP STUDIO PAINT EX」)で、24ページを在宅2人のアシスタントに手伝ってもらいながら描きました。

 

f:id:magazine_pocket:20180210220923j:plain

『ヤンキー君とメガネちゃん』扉絵

 

線画はカラーのころからやっているのでいけるんですけど、コマ枠ってどうやって引くんだろう、そもそも原稿用紙はどこから出すんだろうと、漫画の原稿をつくるための基本機能が全くわからないという。

 

デジタルがわかるスタッフに教えてもらいながら何とかやりきりました。

向こうにも「この状態でやるのか」って絶対に疑問に思われたはず(笑)

 

——相変わらずのぶっつけ本番(※インタビュー前編参照)。苦労した点はありました?

 

一番は、アナログと同じような自分のペンタッチを出せるよう調整することでしたね。

 

傾き検出とか筆圧とかをいろいろいじるんですが、同じ設定なはずなのに毎回感触が違うんです。「設定、元に戻ってね!?」みたいな……描くたびに違和感が生まれるという。

f:id:magazine_pocket:20180129110228j:plain

デジタルペンを握る吉河先生

 

——最終的にアナログと同じような原稿は描けたんでしょうか。

線に関しては、担当にも特に変わったとは言われませんでした。

変化があったのは処理の仕方くらいでしょうか。

 

担当:吉河さんの温かみある線ってアナログならで、デジタルだとそれが失くなってしまうのではと構えていたんです。

 

いざ原稿を見てみるとその良さは全然消えていなかったんですよね。誌面に載った印象も変わりませんでした。

 

f:id:magazine_pocket:20180210221600j:plain

モノクロ部分もデジタルで。

 

 

——おおお、では今後も原稿はフルデジで描いていくことになりそうですか?

うーん。実は今回フルデジに感じたメリットって、そんなに無かったんです。

 

——あれっ?

一番期待していたのはアナログよりも完成が速くなることだったんですが、すごく時間がかかってしまいまして。

 

『山田くんと7人の魔女』連載当時、アナログだと原稿20ページをだいたい2日半で上げていたんですよ。

1日目に8ページ、2日目に10ページ、3日目に2ページペン入れして、並行して5人のスタッフからあがってくる仕上げをチェックをしたり背景を指示したりするという。

 

今回デジタルは休み休みで1日6時間ぐらい、スタッフも在宅で1日2人ぐらいでやったんですが、ペン入れは1日で6、7枚ぐらい。個人的にだいぶ遅くなりました。

スタッフから上がってきた絵を見て調整するのを繰り返しているとどんどん時間が取られて、最終的に24ページ完成するのに8日間ぐらいかかりました。

 

——それで特に絵が変わらないとなると、基本的に遅いというデメリットしか残らないわけですね。

担当:吉河先生自身、他の作家さんに比べてもアナログが異常に速いんですよ。線画ではミスがほとんどなくて、ホワイトを使わないという。

 

——え?

昔っから修正液は圧倒的に時間のムダだと思っていて使いたくないんです。乾くのを待つわけですし、さらに失敗してしまった場合2回目の修正が本当に大変なので。

その分失敗しないよう集中して描いていて、まだ5年前の修正液を使っていたりします。

 

担当:受け取る原稿も基本的にホワイトの跡が残ってなくて、ザラザラしないんです。

使ってあると珍しいと思っちゃうくらいで。デジタルがアナログより遅くなってしまうのは、そこの差が大きいと思います。

 

——確かに、多くのデジタル作家にとっての「修正が楽」というメリットが発生しないわけですからね。

唯一便利だと思ったのは、消しゴムをかけなくていいことですね。一度コマンド押すだけで下描きがパッと消えるので。

あとはトーンも慣れたら塗るように貼れるようになって、仕上げ作業全般に関してはデジタルの方が速いと感じました。

 

もし私の作風で今後もデジタルをやっていくならば、線画をアナログで描いて、修正やトーンだけをデジタルにする形が一番速いかもしれません。

 

——では今のところ、練習してペン入れもデジタルにしようという意欲は特にないわけですね。

うーーん、10年間の連載で培ったアナログの速さに、デジタルで勝てるかというと今のところ絶望的に無理ですね。

同じように10年間デジタルを練習すればいけるのかもしれないけど、まだ1話描いただけではわからないので、状況次第かな。

 

あと問題があって、私、練習だとちゃんとやれないんですよ。今回みたいにぶっつけ本番だからちゃんとやらなきゃ、みたいに後がない立場にならないとだらけちゃう。

 

——3巻の表紙のカラーも、いきなり練習無しで板タブで描き始めていましたね。

そういう人間なんです……! 自分でもやめたいですよ、なんでここまで追い込まれないとできないのかな、いい加減にしろっていう。

 

——それでも失敗せずにちゃんとしたものを仕上げるから恐ろしいですよね。

担当:本当にそうなんですよね。

 

全力は出しますよね。そこまで本当に限界に追い込まれると、思わぬ自分の実力が見つけることができる(※個人差あり)。

 

——修羅場が人をステップアップさせる……少年漫画みたいだ。

代わりにいろんなものを失くしていますからね。日々練習ができる人はやらないに越したことがないと思います……絶対にそっちの方がいい!

 

——デジタルの向き不向きも、レベルアップの方法も、人それぞれというのがよくわかりました。

 


●デジタルでも通いがおすすめ 一緒にいることで生まれるメリットの数々

 

——これまで連載はアシスタントに仕事場へ通って来てもらっていたわけですが、今回初めて在宅でやってみた感触はどうでしたか。

連載をデジタルでやるなら、私はできれば通いをおすすめしたいですね。

 

初期費用を考えると、在宅にしてしまう気持ちもわかります。

アシスタントに通ってもらうということは広いお家に住まなきゃいけないし、デジタルだったら人数分のパソコンもしっかり用意しなきゃいけない。ご飯も全部ご馳走しなきゃいけないし。

 

あとは自分の家に毎回違う人が入ってくるのには、それなりにストレスを感じる人もいるわけで。

私もデビューしたときはこうした準備で苦労したので、新人の方とかに無理強いはしないですし、絶対に通いにすべきとまでは思いません。

 

——こう思うと漫画家の職場って特殊ですよね。

でも自分の元で人が働いてくれているっていう実感は、在宅だとあんまり実感できないと思うんですよ。

みんなで漫画を描く場を提供していることへの責任感、自分が潰れたらこの人たちも潰れてしまうかもしれないという危機感——こうしたものが、遠くにいるのと近くにいるとのとでは全然違うかと。

 

——なるほど。

あと私の仕事場はみんなで休憩がてらゲームを始めたら3時間くらい経っちゃっていたりするんですが、プレイ中に生まれた何かが作品に生きてくることがあるんです。

誰かがつぶやいた名言が背景のポスターに紛れ込んでいたりとか(笑)

 

ご飯をみんなで食べているときも、今日は通勤電車で変な人がいたとか、来る前に何か面白いものを見たとか話して、気づいたらその変な人が作品の背景に現れていたり。

 

——一緒に過ごすことで生まれた偶然が、作品にも反映されていくんですね。

スタッフもそういう変なものを描いたことがないはずなので、予定に無かった知らない世界を描くことによって技術が上がるという。

このちょっとしたことが作家としての自立につながると思うんです。

 

私がマリオの世界観が好きって言っているのを受けて、「この作家さんこんな世界観が好きなんだな」「じゃあこれ描いてみよう」と能動的に取り込んでくれたら、自身で果たせる役割も増えてきます。

 

こうした漫画家として学べる機会も、みんな一緒にいないと絶対に出てこないので大事だと思いますね。

 

——一度在宅でやったことで、通いによる共同作業の良い点が見えてきたという。

実はもともと在宅は嫌だったんですが、読み切りの段階でスタッフ用のパソコンを一式そろえたところで新しい機材がどんどん登場してしまうし、スタッフも慣れた機材のほうがいいだろうということで、今回やってみたんです。

 

フタを開けてみたら、1人で描いているのが嫌になって在宅の子に「ちょっと電話していい?」と喋りながらやっていたり。

誰もいないと集中力が落ちるというか、お菓子食べながら描いていたりとか……結局来てもらった方が楽でしたね(笑)

 


●アナログだろうがデジタルだろうが腕を磨いていくのみ

 

——今回はどちらかというとアナログのメリットに気づいた“フルデジ挑戦”だったと思うんですが、やはりデジタルの前にアナログを経験しておくべきなのでしょうか。

そこに関しては、デジタルから入れるならば入っちゃった方がいいんじゃないでしょうか。

 

——あれっ、意外です。

Gペンとデジタルペンって全然違うんですよ。Gペンは1年以上練習しないとモノにならないですし、読者に見てもらえるレベルならさらに3年ぐらい必要です。

その年数を費やすぐらいだったら、最初からデジタルペンの練習に費やした方がいいと私は思いますね。

 

——作家さんによっては、デジタルは原稿用紙のサイズ感がわからなくなるからアナログでも描いておくべきという意見もありますが。

それは実際に描いて印刷しては「描き込みすぎかな」と確認して勉強していくものだと思うので。

結局はデジタルならデジタルでの腕を磨いていくしかないんです。

 

最初にどっちをやっておいた方がいいというわけではなく、アナログかデジタルか、決めたらその道をずっと極めていけばいいと思います。

 

ただ、デジタルでもサインを頼まれたときはちゃんと描けないと(笑)

 

——確かに、作家さんに色紙を渡して線がブレブレだったりしたらがっかりしますよね(笑)

作画ソフトの手ぶれ補正を使っているからいい線が引けるけれども……そこだけ気をつけておけば後は大丈夫かと。

 

——10年以上の連載キャリアを持つからこその指摘の数々、ありがとうございました!

 

 

<告知>

吉河美希先生の代表作『ヤンキー君とメガネちゃん』の新装版10巻が2月16日(金)に発売します! 

 

 

<吉河美希先生の作品がWEBでも読める!>

 

▼『ヤンキー君とメガネちゃん』第1話

pocket.shonenmagazine.com

 

▼『山田くんと7人の魔女』 第1話

【第1話】してみましょう。 / 山田くんと7人の魔女 - 吉河美希 | マガジンポケット

 

▼「マガポケ」のDLはコチラから!

<App Store>iPhone/iPadの方

https://itunes.apple.com/jp/app/id998542154

<Google Play>Android端末の方

https://play.google.com/store/apps/details?id=jp.co.kodansha.android.magazinepocket

 

 

(終わり)