1クール3カ月のアニメ作品。
制作に3億円、構想からオンエアまで3年がかかると聞けば、「え、そんなに?」と思うかもしれません。
今回はアニメ化の裏側……アニメ制作に欠かせない「委員会」の仕組み、またわたしたち読者が“推し作品のアニメ化”に微力ながらお手伝いできる方法について、講談社のライツ事業部副部長古川慎にうかがいました。
アニメ化作品が決まるまで
――今回はありがとうございます。ライツ事業部はどのような部署なんですか?
古川:
ライツとは「権利」。
みなさん画像や映像の中に「©(copyright)」という文字を見たことがありませんか? そのrightを管理してビジネスにしているのが私たちライツ事業部です。
弊社、講談社では漫画や小説など、著者が生み出した多くの著作物を管理しています。こうした著作物の権利を運用して、「実写化」や「アニメ化」、「ゲーム化」などの展開を仕掛けるのが私たち、というイメージです。
――ライツ事業部で古川さんはどんなお仕事をされているんですか?
古川:
私は主にアニメを中心としたライツを担当しています。
ひと言で言えば「アニメ化」の企画営業を手掛けています。
――最初にうかがいたいのは「誰がアニメ化を決定するのか」。出版社なのか? 編集部? ファン? 外の会社なんですか?
古川:
出版社であり、外の会社であり、ファンの後押しのお蔭でもあります。
それを具体的にお話する前提として、アニメ制作には多額のお金がかかる、ということをちょっとだけお話させてください。
ざっくりですが、1話30分の作品を12本制作して3カ月間放送するのに、だいたい3億円かかります。手の込んだものだと5億円以上かかるということもあります。
――かなりの金額ですね。
古川:
日本のアニメーション制作には、30分1話でざっくり2,000万円前後かかります。
それでも1クールに40本とか50本の作品が量産されている理由としては、日本のアニメーション制作費の単価が安いからだと思います。
CGが主流の海外アニメ映画の予算は数十億円とかそういう感じだと思うので、世界との比較における単価は安いと言えます。
――そう聞くと、確かに安いです。
古川:
世界的に見れば安いですが、日本の企業が1社でかかえるにはコストが高い、という状況の中で生み出されたのが「製作委員会」というシステムです。
分かり易く言えば「一人で戦うのはツライから仲間集めてみんなで頑張ろう」という仕組みですね。出版社1社では金額負担も大きいですし、ビジネスにするには各パートナーの力が必要不可欠なので、アニメ化するには賛同してお金を出してくれる出資者を探す必要があります。
その観点に立つと、「誰がアニメ化を決定するのか」とは「誰がその作品に興味を持ってくれて、誰が映像化に必要なお金を出してくれるのか」ということになります。それはアニメを作ることでプラスになる人、アニメ化によって利益を期待する人たちです。
その人たちの中身は、市況に合わせて変遷してきています。
以前はDVDやBlu-ray Discなど、パッケージを作って販売するメーカーがアニメ化にかかる資金の大半を出資してくれていました。
――現在は、どんな会社が出資をしてくれるのですか?
古川:
海外の事業者やゲームメーカーが出資してくれることが多くなってきています。
ソーシャルゲームやストリーミング放送が、市場で大きな売上を上げるようになって、国内外問わず当該業種からの引き合いが多くなっています。
――海外にある企業でも、売れるか売れないかの判断ができるものなんでしょうか。
古川:
映像がなくても、原作があればどんなストーリーでどんなキャラが出てくるのかがわかります。また、1巻あたり何部売れている、という数字が具体的に示せるのです。
既に世に出ている原作を武器に「こういう作品です。一緒にやりませんか」と提案出来る点が、アニメ化の企画営業において出版社が持っているストロングポイントの一つだと思います。
著者と編集部が生み出した作品を核に、映像化に興味を持ってくれるパートナーを探し、資金調達し、映像作品として仕上げて世の中に広めて、そこから利益を得る。
このような作業の積み重ねが、ライツ事業部の主な仕事だと思っています。
――なるほど~。やはり、その作品が好きだという情熱だけではアニメ化にまでこぎ着けられないんですね。
古川:
はい(笑)。
外のプレイヤーは、「売れるか売れないか」「利益がでるかどうか」をすごく冷静に考えています。
だからこそ、「儲かる」という数字的な裏付けは必ず必要になります。ただ、数字だけでも十分ではありません。アニメ化作業においては、企画立案からOAまで2~3年かかることがざらです。
その期間を一緒に過ごして作品を作り上げる仲間となれるかどうかが判断基準の一つなので、そこが金融商品のような投機的な投資との決定的な差だと思います。だからこそ、「この企画はいける」と相手に思ってもらうためには、その作品に対する情熱が絶対に必要不可欠です。
数字と情熱の両軸をもって営業して、「この人たちとだったら仲間になってもよい」と思ってもらえるプレゼンテーションができるかどうかが重要、ということだと思います。
――制作はたいへんだったけど、アニメ化して「うまくいった!」という作品はありますか?
古川:
最近で言えば、『五等分の花嫁』です。
当初は、5人の女の子が五つ子という設定なので「みんな同じに見えるからちょっと……」とか散々な言われようでした(笑)。
でも、地道に企画営業し続け、1社興味を持ってくれる会社が見つかったことで一気にアニメ化の座組が組みあがりました。ベストと思われる時期にアニメ化できたこと、二期の発表を最高のタイミングで行えたこと、原画展を夏休み時期に仕込めたことなど、ビジネス側の様々な努力によって原作の増売にも貢献ができたと思います。
一方で制作スケジュールが割と短かったので、制作現場を維持する調整や宣伝展開に苦労した作品ではあります。
いい作家、いいプレイヤーとの巡り会い
――出資に関して、最低出資比率のようなものは決まっているんですか?
古川:
ケース・バイ・ケースではありますが、5%が多いのではないでしょうか。もちろん3%やそれ以下というのもあり得ます。
――お金を集める側からすると、3%でもありがたいですよね。しかし、小口出資者が増えると、全体をまとめるのも大変そうですね……
古川:
出資してくれた企業には基本的に何かしらの権利や役務が発生するので、出資社が多くなるとそれをバランス良く調整するのが大変になりますね。
――出資してくれた企業を製作委員会としてまとめる上で、トラブルとかあったりするのでしょうか?
古川:
たまにあります(笑)。
ある作品では出資社が突然降りてしまったことがあったんです。
――それは焦りますね。
古川:
なんとか空いてしまった出資枠を埋めようと国内外駆けずり回った結果、事なきを得ましたが、こういったトラブルにしっかり対応して座組の崩壊を防ぐのも我々の大事な仕事の1つです。
――座組を組むとき、「予想外に良かった!」みたいなことはありましたか?
古川:
ある作品のゲーム化で、国内外含めて複数の組み先の可能性がある案件があったのですが、その選択肢の中に今まで付き合ったことがなかったけど開発力がダントツに高そうに見えた会社があったんです。
直感でその会社に賭けることにしました。その結果、ゲームが大ヒットしました。それを狙ってやったかと言われると、たまたま良い相手にめぐり合わせたから、と言うのが正しいと思いますが……
こうした感覚は編集部で言うところの「良い作家に出会えた!」という感覚に近いかも知れません。編集部はいい作家に巡り会うことが大切。我々はいい出資社やライセンシーを見つけることが大切。
出版社にとっての財産は「人」とのつながりである、と改めて感じます。
関係各所と良い関係値を築くのもライツ事業部の仕事のひとつ
「ぜひ観ていただきたい!」と古川が語る『七つの大罪』は続編の制作が決定
――アニメ化決定の発表ってどのタイミングで行われるものなんですか?
古川:
アニメ化の発表というのは、1つの宣伝行為です。
特に決まりはありませんが、その時が最もバズるタイミングなので、アニメ化プロジェクトの中で「ここを盛り上げたい」「バズらせたい」というタイミングを編集部と二人三脚で練りに練って、戦略的に行います。
――最近の発表の傾向というものはあるんでしょうか。
古川:
「制作会社が決まりました」とか「キービジュアルが上がりました」といった情報を小出しにしていくより、映像と共に多くの情報を一気に出していく「垂直立ち上げ」が最近のトレンドだと思います。
作品数が多いこともあり、ファンの皆さんも小出しの情報を追うよりもストレスなく一気に情報を得たい、というニーズが高まっている印象があります。
――「編集部と二人三脚で」というお話ですが、アニメ制作陣と原作側との調整は編集部が行うんですか? アニメでは大きくキャラデザインが変わったりすることもありますが……
古川:
調整は基本的にライツ事業部が行います。
アニメスタッフもクリエイターなので、アニメ側が映像で表現したいことと、著者が求める映像の方向性が異なる場合があり、それをうまく擦り合わせるのもライツの仕事の一つです。
例えば、アニメのキャラデザインで言うと、漫画の1枚絵で成立する絵とアニメで動かすための絵は本質的に異なる作り方をします。
その差異を理解した上で、原作の魅力を可能な限り良いカタチで表現する、というのがベストなアニメ化だと言えます。そのためには原作側とアニメ制作陣のスムーズな意志疎通が重要なので、お互いが忌憚なく会話できる環境づくりというのもライツの大切な仕事の一つになります。
成功するには「リスペクト」の精神が重要
7月5日からスタートした『炎炎ノ消防隊』など、アニメ化の裏側にはたくさんの人が関わっています。
――古川さんご自身についてもうかがいたいと思います。これまでどのような仕事をされてきたか教えてもらえますか。
古川:
新卒でアニメ制作会社に就職。そして広告代理店に転職したのち、講談社に入社しました。
最初の会社でアニメ制作の基礎を教わり、次の会社で事業組成のノウハウを叩き込まれ、講談社では原作の映像化に携わっています。なんだかんだで社会人歴14、15年の間ずっといろんな側面でアニメの仕事に携わっています。
――次はどんな仕事をしたいと考えていますか。
古川:
「編集の仕事をやってみたい」という気持ちはあります。
今の仕事は、すでにあるものを武器に営業して1を100にする仕事。一方で、編集部の仕事は0から1を作り出すもの。そういう仕事に携わったことがないので、あこがれとリスペクトがあります。
――リスペクトというワードが何度も出てきますね。
古川:
アニメ化の作業は色々な立場の人が様々な思惑を持って関わるので、杓子定規のやりとりだけでは上手く行かない場面も多いです。
そういう時は、相手が何の立場でどういう希望を持って発言しているのか、まずはリスペクトを持って汲み取ることが重要だと考えています。
それは、社内のやりとりにおいても同じですし、ファンの皆様が作品に何を求めているか、ということにも通じると思います。
原作のファンはどうやったらアニメ化に力添えできる?
遂にアニメ化される『ランウェイで笑って』もそんな背景で制作が進んでいました。
――私たちファンや読者が自分の好きな作品のアニメ化をお手伝い、後押しすることはできるのでしょうか?
古川:
好きな作品について、どんどんソーシャルメディアに投稿していただきたいです。
感想とかコメントとか、「好きだ!」という想いとか、どんどん投稿してほしいです。
先ほどお話ししたように、出資社を募る際、私たちライツ事業部は営業を行っています。その際に、作品にとってプラスになる情報が「視覚化されている」ということはけっこう重要なんです。
例えば、アニメ化したい作品の原作本の棚が書店で作られていると、わたしたちはそれを写真に撮って、「いま、この作品はこれだけすごいんですよ」と見せることができます。
同じように、ソーシャルメディアでの投稿があれば「これだけ情熱を持ってもらえている、ファン層が厚い作品なんですよ」「反響があるんですよ」とお伝えできます。
私たちは作品に関するソーシャルメディアの投稿を細かく見ていますし、それを読んで自分たちの力にしています。それを持って営業にも行ける。「好き」ということをどんどん表現していただき、一緒にアニメ化に繋げる仲間になっていただきたいと思います。
――最後に、古川さんにとって、ライツの仕事の醍醐味って何でしょうか?
古川:
「何でもできること」だと思います。
直近でテレビアニメ化に力を入れて営業している理由は、現時点では原作増売と事業収入が一番見込める手法だからです。今後、市況やメディアが変化すれば、その手法も変遷していくことが予想されます。
もしテレビアニメがベストな選択肢でなくなったとしても、どうやったら原作を売り伸ばせるか、どうやったら事業収入が立つかを主体的に発案していける。自分主体で事業を考えられるというのが、この仕事の面白いところだと感じています。
――今後決まっている作品があれば教えていただけますか。
古川:
10月からスタートする『七つの大罪 神々の逆鱗』と『あひるの空』はテレビ東京さんの夕方枠で放送する大型作品です。また、中国市場でも同時展開する『真・中華一番!』は新たなビジネスの仕組みとしても注目しています。
――楽しみです! 今日はありがとうございました。