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「あのタッグに聞いてみた」編集の仕事とは? 『ヒットマン』の瀬尾先生があの名作を作った編集者・マンガ家タッグにインタビュー! 『はじめの一歩』編(後編)

6月20日発売の週刊少年マガジン29号にて、『君のいる町』『風夏』の瀬尾公治先生の新連載がスタートします。漫画の舞台はなんと”少年漫画雑誌の編集部”! そして、そのタイトルは『ヒットマン』

 

そんな新連載開始を記念し行う今回の記事は、瀬尾先生ご自身が、みんなが知っているあの名作を生み出した漫画家・編集者タッグにインタビューするというもの。記事名は「あのタッグに聞いてみた」…!

 

今回お話を直撃したのは、あの『はじめの一歩』の森川ジョージ先生とその作品初代担当である野内雅宏氏(現一迅社取締役社長)です。

 

「あのタッグに聞いてみた!」 瀬尾公治先生が”あの名作”を作ったマンガ家・編集者タッグにインタビュー! 『はじめの一歩』編(前編) - マガポケベース

 

今回はその「後編」です。「前編」未読の方は上のリンクからどうぞ!

 

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(写真左:野内雅宏氏 写真右:森川ジョージ氏)  

 

瀬尾公治先生(以下、瀬尾):(連載会議に何度も落ちたり打ち切りになったりしたことで)森川先生と野内さんの間で揺らいでしまった信頼関係を、どう持ち直したんですか?

 

森川ジョージ先生(以下、森川):『はじめの一歩』を始める前に連載していた『シグナルブルー』が打ち切りになったとき、担当の野内さんが僕に謝ってきたことがあります。

 

瀬尾:それはどんなことを謝罪されたんですか?

 

森川:あのときは確か、「すまない、俺のせいです。余計な指示で、森川さんの良さを消してしまっていた」と。その言葉を聞いて、そんな風に謝ってくれる編集さんがいるんだ、と思いました。打ち切りの連続だったので、正直もう数年間は連載案を作らず、他所でアシスタントをして画力を上げようとも考えていました。でも、野内さんの言葉を聞いて、もう一度チャレンジしてみようかと思ったんです。それで出来たのが、『はじめの一歩』です。

 

瀬尾:すごくいい話ですね…!

 

森川:あの一言がなければ『はじめの一歩』は出来ていなかったかもしれませんね。

 

野内雅宏氏(以下、野内):え、そうだったんですか!?

 

森川:そうですよ。あの打ち切りで、もう連載を目指すのはしばらく辞めよう、って決めていました。アシスタントで生きていこう、と。でも、あの一言で「もう一回やるか」と思い直しました。それだけじゃなく、野内さんが編集会議で僕のネームを通すために頑張っていてくれたことも聞いていましたし、信頼関係みたいなものは、自然と戻ってきましたよ。

 

瀬尾:転換点は何気ない会話にあったのかもしれないですね…。その打ち合わせから、すぐに『はじめの一歩』のネームはできたんですか?

 

森川:そこから連載までも、短くはなかったと思います。連載会議を通過したり、編集長からOKを得たりするために、何度も何度も修正の繰り返しでした。度重なる修正で、終盤は相当煮詰まっていたのですが、そんなときに、野内さんの発案で1話目に「一歩が葉っぱを掴む」シーンを入れようということになりました。僕からは出ない、そのアイディアを入れたことで、連載までの壁を一つ越えたと感じました。  

 

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(『はじめの一歩』第1話より/文庫版1巻収録)

  

野内:『はじめの一歩』という作品は、連載開始当初は森川先生のネームへの修正も多かったですが、連載が軌道に乗り始めてからは、僕の仕事は少なくなりましたね。ネームの確認をし、感想を言う、くらいのものです。一話一話を描き上げるごとにどんどん漫画が巧くなっていって、もう僕からアドバイスすることが無くなっちゃったんでしょうね。

 

森川:ただ、野内さんの視点も『一歩』においては重要でしたよ。僕が、ボクシングの”リアルな部分”を見て、野内さんがボクシングの”ファンタジーな部分”に目を向ける、という役割分担はあったように思います。

 

野内:そうですね。森川先生ご自身がボクシングに詳し過ぎるからこそ、ボクシングファン以外が置いてきぼりにならないようにする。そこだけは気をつけていました。

 

瀬尾:文字通り、お二人で『はじめの一歩』を作り上げていったんですね。『はじめの一歩』を連載していて、お二人が一番嬉しかった瞬間はどんなときでしたか?

  

野内:僕の嬉しかった瞬間は、森川先生がとあるネームを持ってきたときです。たしか東日本新人王決勝戦、宮田と間柴の試合。間柴の反則行為をきっかけに宮田が敗北してしまうんですが、一歩がその結果に怒り、自動販売機を思わず殴りつけるというネームです。

 

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(『はじめの一歩』第72話/文庫版5巻収録)
 

野内:あの一歩が、我を忘れて物に当たってしまうんです! 一歩のように「面白いって何ですか?」を必死に模索していたあの森川さんが、こんなにも素晴らしい表現が出来るようになったんだ!と。

 

森川:その回、確かに野内さんやたら褒めるなあ、と思ったのを憶えています。

 

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(『はじめの一歩』第1話/文庫版1巻収録)

 

野内:僕の持論になってしまうのですが、編集者の一番の幸せって、「このセリフ、凄いな」「こんな凄いシーンを描けるようになったんだな」と作家さんの成長をすぐ傍で見守れることだと思うんです。あの回のネームを読んで、「もうこの人は生涯漫画家としてやっていける!」と確信したんです。本当に嬉しくて、何度もネームを読み返しました。

 

瀬尾:森川さんはいかがですか?

 

森川:嬉しかった瞬間ですか…。新人だった僕にとって、自分のネームの面白さを保証してくれるのは担当編集の野内さんしかいなかったわけです。野内さんが面白いと言ってくれるものイコール、読者みんなに楽しんでもらえるものだと信じていました。だから、何度も何度も修正を重ねた『はじめの一歩』の一話目を、野内さんが面白いと言ってくれて、更にアンケートでも一位を取った。そのときは、やっぱり嬉しかったです。

 

瀬尾:野内さんが担当から外れるとなったときはどんな感情でしたか?

 

森川:どんどん出世していって、ついには編集長にまでなった。その結果として担当から外れた訳だから、あまり突然とは感じませんでした。でも、やっぱり寂しかったですね。もちろん偉くなってくれるのは嬉しかったですが、僕は今も昔も本当の意味で頼って信頼しているのは野内さん以外いませんから。

 

野内:……恐縮です(笑)

 

森川:これからは一人でやらないといけないんだ、と。結局、連載中は時々野内さんのアドバイスのことを思い出しながら描くことが多いかもしれません。「主人公の期待感が大切」とか、「泥臭いことがかっこいい」とか。

 

野内:そんなこと言ったっけなあ(笑)。

 

森川:憶えてないんですか(笑)。

 

野内:冗談は置いといて(笑)。作家さんは、編集者がぽろっと言ったことを、こちらが思っている以上に重く受け止めることがあるから、編集者はそのことは常に意識しないといけないと思っています。

 

瀬尾:そうですね。僕も結構ひとつひとつ、言われたことは覚えていたりします(笑)。森川先生は来年で連載30年とのことですが、29年も連載を続けるコツというのはありますか。スランプになったりしないでしょうか?

 

森川:僕は、プロであるなら「スランプ」なんて言葉は使わない方がいいと思っています。プロに「出来ない」という言い訳をして欲しくないからです。漫画家であれば「読者」、それ以外の職業であれば「お客さん」なのかもしれませんが、彼らのために精一杯頑張らなければならないのではないでしょうか。おごることなく、常に「いかがでしょうか?」という姿勢で「お客さん」に見てもらう。僕は、読者の方々が楽しんでくれなかったらどうしよう、と常に不安で仕方ないくらいです。

 

瀬尾:森川さんでもそう思われるんですね。

 

森川:思いますよ。昔も今も、アンケート結果は毎回すごく気にしています。連載29年目になっても、一ページ描くたびに自分の課題ばかり見えてきます。とにかく訓練するしか無いですよね。長く続けていること自体には、何も意味がないと考えています。

 

瀬尾:僕も毎回不安です…。でも頑張って行きたいです。最後の質問なのですが、お二人にとって理想の『はじめの一歩』の最終回を伺えますか?

 

野内:誌面を取り合う週刊少年誌には、常に打ち切りの可能性があります。そんな中で一番いい最終回というのは、作家さんがやり切った、描き切った、と納得して終われることだと思います。その上で、色んな人に「あの最終回良かったね」と言われるような、余韻がいつまでも残るような最終回であってほしいと思います。

 

森川:『はじめの一歩』の前の連載は全部打ち切りで終わってきました。実は、僕にとって最終回をじっくり考えるというのは、初めての挑戦なんです。……でも、実は最終回のセリフまで、もう考えています。一歩の恋の行方とかも。

 

瀬尾:それはすごく気になる話ですね……! 『はじめの一歩』の一読者として、終わってほしく無いと思いつつ、楽しみにしています。本日はありがとうございました。当時のお話がたくさん聞けて良かったです。お二人が本当に仲良さそうだなというのが分かりました(笑)。お二人の関係性を、僕の『ヒットマン』でも活かせたらな、と思います。

 

 

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(文:大原絵理香)