Gペンやトーンカッターの音をカリカリ響かせ、下描きの消しカスを羽ぼうきで掃き――。
世間一般の“漫画家の仕事場”のイメージは、このようにアナログの道具を使って制作に挑む姿が根強いです。
1980年頃の『まんが道』から近年の『バクマン。』まで、アニメ化や実写化を果たした“漫画家漫画”は往々にしてアナログ作画の現場を描いているので、当然といえば当然でしょう。
しかし実際のプロの現場は、デジタルペンをタブレットの液晶画面にコツコツ鳴らし、下描きはクリック1つで消してと、デジタル機器で制作する光景が珍しくありません。
たとえば『週刊少年マガジン』の作家だと。
現在の連載・休載作品は計25作品。そのうちペン入れから完成までデジタルで行っている作家は、
『ドメスティックの彼女』の流石景さん
『五等分の花嫁』の春場ねぎさん
『星野、目をつぶって。』の永椎晃平さん
など8人ほどいます。
かつては劇画路線だったマガジンの連載陣に、今はデジタル作画メインの作家さんが約3分の1もいるのは驚きです。
(↑『星野、目をつぶって。』より)
『リアルアカウント』の渡辺静さんは下描きとペン入れはアナログ、ネームと仕上げはPCで行っています。こうした一部だけデジタルを取り入れている作家も含めると、デジタル作家は12人前後と連載陣の約半数になります。
2017年に完結を迎えた『FAIRY TAIL』の真島ヒロさんも仕上げはデジタル。
カラーだけデジタルだった『山田くんと7人の魔女』の吉河美希さんも、2017年に描いた『ヤンキー君とメガネちゃん』の特別読み切りではペン入れからすべてデジタルに挑戦したそうです。
(↑『山田くんと7人の魔女』より)
『GTO』『湘南純愛組!』の藤沢とおるさんも、トーンをデジタルで入れた絵をInstagramで披露していました。
新人だけでなく中堅、大ベテラン作家にまでデジタルは広く浸透しているのです。
漫画の持ち込み・新人賞ポータルサイト「マンナビ」が実施したアンケートによると、プロ漫画家128人のうち72%が「すべてデジタル」、35%が「一部デジタル」と回答。「デジタル制作アンケートなので『すべてアナログ』の方の回答はそもそも少ないことが考えられます」と実施側も踏まえてはいますが、こうした結果も出るほどデジタル作画は当然のものとなっています。
漫画の現場をここまで変えてしまっているデジタル機器。作家が取り入れるのはなぜなのか、アナログに比べデメリットはあるのか、そもそも漫画制作のデジタルとアナログの違いって何なのか――。
これから漫画の世界に飛び込むという初心者から、アナログから移行しようか興味を抱いている漫画家まで、本連載では「漫画のデジタル作画」の世界について一から紹介していきます。
●そもそもデジタル作画ってどんな道具で何をやるのか
デジタル作画ってどんなことをするのか。まず漫画をアナログな道具で作る場合の流れを押さえておきましょう。
1.ネーム作り……考えたストーリーを、どのページにどんなコマ割り、キャラの配置、セリフで展開するかざっくり構成する、漫画の設計図作り
2.下描き……ネームを元に、原稿へ鉛筆で大まかに描き込む
3.ペン入れ……読者へ見せる線を、Gペンや丸ペンといった付けペンで描き込む。キャラ、コマ枠やフキダシ、背景など
4.仕上げ……インクが乾いた後に下描きを消しゴムで消す、髪や背景などを筆やマーカーで黒く塗りつぶす(ベタ塗り)、はみ出した線などを修正液で白く消す(ホワイト修正)、柄が印刷されたシール「スクリーントーン」を貼って陰や模様をつける(トーン貼り)等
連載を抱えた漫画家が、ストーリーの構想も含めてこれらすべてを1人でやるのはなかなか大変です。ネーム作りから主なペン入れまでを漫画家がこなし、小道具や背景のペン入れ、仕上げといった細かい作業をアシスタントに手伝ってもらう分業が、アナログ作画の現場では行われてきました。
現代ではこの作画工程すべてをデジタルでできるようになりました。必要なデジタルツールは次の3つです。
・ペンタブレット(ペンタブ)……ペン型の入力装置(デジタルペン)をタブレットに当てることで、手描きのような操作をPC上で行える機器
・作画ソフト……PC上で絵を制作するためのソフト。セルシス「CLIP STUDIO」シリーズやAdobe「Adobe Photoshop」など
・PC
ペンタブには「板タブ」と「液タブ」の2種類があります。
「板タブ」は何も表示画面のない入力専門のタブレット。デジタルペンを動かすと、線はタブレット上にではなくPCのディスプレイ上に表示されます。ペン先と実際の線が離れているので手描きの感覚から遠く、思いのままの線を描くには一定の練習が必要ですが、ペンを握る手で原稿を隠すこと無く描けるといったメリットがあります。価格も5000円~2万円あたりと安く、初心者が始めるにもってこいです。
「液タブ」は液晶タブレットの略で、液晶画面にデジタルペンを当てることでそのまま画面上に入力できるタブレット。ペン先と実際に出てくる線がほぼくっついているので、紙に描く感覚で線が引けます。しかし価格が10万円前後からとなかなかのお値段。
板タブは安いけどアナログから遠く、液タブはアナログに近いけど高くて手が出しづらい。一長一短あると覚えておいてください。
ペンタブ、ソフト、PCの3つをそろえると下描きから仕上げまで、人によってはネームもデジタルでできるようになりますが、その上で作家は「すべてデジタルでやる派(フルデジ派)」と「アナログとデジタルの併用派」の2パターンに分かれます。
ここ十数年でペンタブの精度もかなり進化したとはいえ、アナログのような思い通りの線や個性的な線を描くことは難しく、慣れるまで多くの時間を要します。一方で仕上げに関しては、ソフトの補正機能などのおかげで高度なデジタルペン遣いを必要としません。なのでペン入れはアナログで描いてスキャンしてPCに取り込み、仕上げはデジタルで、といった一部デジタル派も少なくないのです。
逆に言うと、デジタルペンの扱いが難しくても導入したくなるほど、大きな魅力がデジタルには詰まっているわけです。いったいどんなメリットがあるのか――
続きは明日更新の<後編>で紹介していきます。
<デジタル作画の作品がWEBでも読める!!>
▼『ドメスティックの彼女』第1話
▼『GE〜グッドエンディング〜』第1話
▼『五等分の花嫁』第1話
▼『星野、目をつぶって。』第1話
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(終わり)