前編では日本の液タブ市場の今をさらいましたが、後編ではプロ漫画家はどのようにして液タブを導入していったのか一例を詳しく紹介。
登場するのは、2015年〜2016年に『別冊少年マガジン』で『進撃の巨人』のスピンオフ作品『進撃の巨人 LOST GIRLS』を、2017年に『週刊少年マガジン』で『ワールドエンドクルセイダーズ』を連載(作画担当)した不二涼介先生です。
●「トーンの速さが2、3倍どころじゃない」 不二涼介がフルデジになるまで
現在は下描きから仕上げまでほぼデジタルで作業している不二先生。アシスタント時代は1年ほど完全アナログで漫画を描いていましたが、ある作家の仕事場で板タブに触れる機会に恵まれます。
「仕上げだけデジタルでやる先生だったのですが、アシスタントのために板タブを用意しているような環境で。そこで初めて板タブで本格的に作業する経験をしました。
仕上げはトーンを選択してあとはグリグリ塗るだけ。ペン入れと違って微調整に気を遣わなくて済むので、多少時間はかかりましたが慣れましたね。ありがたい経験でした」(不二先生)
そこから2015年に『進撃の巨人 LOST GIRLS』の連載が始まるタイミングで、仕上げのみデジタルでやろうと板タブを導入。
周囲の漫画仲間でデジタル化が進んでおり、困ったときにすぐ聞けると感じたのが一番の決め手でした。ちなみに初タブはワコム製の中間サイズ。
「結果、やってみて良かったですね。まず、やることがとにかく多かった仕上げ作業が本当に速くなりました」
『進撃の巨人 LOST GIRLS』第1話より
「ベタ塗り、トーン貼りは慣れると2、3倍どころの話じゃない。
例えばアナログならアシスタントに『このキャラの服に何番のトーンを貼って』とか頼む時間がかかりますが、デジタルだとその合間、ペン入れをした後に3秒くらいで自分で貼れてしまうレベルです。
修正も楽で、ちょっとミスったらボタン一個で戻れてしまいますし……デジタルでなければ無理だったことって振り返れば多いです」
次第に板タブの操作に限界を感じ、周囲からのススメで大きめの液タブを買うことに。
不二先生にとってはアナログの感覚に近い液タブの方が肌に合ったのだといいます。機材はワコム製の27型。画面が広く、原稿用紙全体のバランスを確認するのに便利とのこと。
そして週マガで『ワールドエンドクルセイダーズ』を連載するにあたって全てデジタルで描くことを決めるのですが——なんと連載開始まで準備期間がほとんどなかったため、練習全く無しで連載第1話で初のフルデジに挑むことに。
「担当編集にもフルデジに挑むことは言わずに着手しました。原稿を出して『デジタルに変えた?』とか何も指摘されずにすんなり通ったら成功だな、と考えたので」
初の週刊連載で、なんという漢気……。
『ワールドエンドクルセイダーズ』第1話より
『ワールドエンドクルセイダーズ』は、1体でオーストラリアを灰にするような敵キャラ5体を100日で倒せなきゃ人類は滅亡する、という超ぶっとびデスゲーム漫画なのですが、蓋を開けてみたら作画担当もぶっとんでいました。
その後不二先生は、第1話60ページを1カ月半かけてフルデジで制作。
いざ編集担当に原稿を提出したときは、特に何も言われずそのまま掲載に至ったといいます。短期間でペン入れをアナログと遜色ないレベルまで持っていった有言実行ぶり、あっぱれ。
作品は12月に完結しましたが、連載中にデジタルだからこそ挑めた表現はあったのでしょうか。
「使っている描画ソフトは主にクリスタ(CLIP STUDIO PAINT)なのですが、最後のシーンでは『Adobe Photoshop』のハーフトーンパターンフィルターを使いました。
画像をドット絵に加工できる機能なんですが、まず普通に地球を描いて、そこからドット化し、その上から雲を加えて地球の質感を表現しました。
アナログではここまで細かいドット絵を短時間、しかも1人では描けないですよね」
『ワールドエンドクルセイダーズ』最終話より
一方でデジタルならではのデメリットも感じているようです。
「始めはおもちゃを手に入れた感じで楽しいんですが、慣れてくると作画の作業感が強くなってしまいます。アナログは紙の抵抗によって毎回違う仕上がりが出てきますが、デジタルは線が均一なので面白みに欠けるというか。
集中力を持続させるために、ペン入れ時は線を青や赤とかカラフルな色にして 最後にワンクリックで黒色に戻す……とかして自分に刺激をもたらしています(笑)」
あの凄惨なデスゲームの作画が、「マンネリ化を防ぐ」という事情により制作現場ではカラフルに彩られていたなんてシュールすぎる。
最後に、デジタル作画の前にアナログも経験しておくべきか聞いてみました。
「デジタルはアナログの完全な上位互換ではなく、作業が速くなる代わりに失ってるものも多いです。アナログを長く経験した人ほどそれを再現しようと試行錯誤したりするのですが、それができると描く楽しみにつながったり、時には助けられたり。
必ずアナログを経験した方が良いとは一概に言えませんが、アナログとデジタル両方できれば作画の表現や選択肢が増えるのは間違いないと思います」
不二先生がフルデジでどんな次回作を手掛けるのか、デジタルツール面からも注目してみたいところです。
●初っ端から27インチの液タブを購入 新人作家のデジタル導入例
続いて、デジタルで最初から液タブを選んだ新人作家の例も紹介。
2017年に週刊少年マガジンの第99回「新人漫画賞」において、「サクセスアクセス」で特別奨励賞を受賞した19歳・田中太郎さんです。
作画は1年くらいアナログでやっていましたが、将来を見据えて早めに馴れておこうと、2年ほど前にデジタルに移行。
トーンの費用等コストを押さえられることや一画面で処理を全て完了できる利便性にひかれたといいます。
『サクセスアクセス』より
使っているタブレットはワコム製の27インチ液タブ、作画ソフトは「CLIP STUDIO PAINT EX」。
評価などを参考に、最初から最高クラスの機材をそろえた口です。初期投資はもろもろあわせて75万円ほどになったそうな。
「製品やソフトを選んだ理由は特にありません! 当時店員さんにおすすめされたものを買いました。
OS搭載のものなのでコストはかかりましたが、それでも利便性をとった次第です」(田中さん)
うっ、なんて思い切りの良さ……!
『サクセスアクセス』より
受賞作も、男子高生が画面越しのアイドルに一目惚れし、マジで結婚するために音楽を猛勉強し、音大に首席合格し、アイドルグループの作曲を任され——と、恋を叶えるためがんばるほど世間的な成功を収めていく疾走感が心地いい青春ストーリー。
買い物にも作家性出るんだなと思いました(小並感)。
「事前にアナログ作画も経験しておくべきかどうかは、順応する力があるならどちらでもいいと思います。
デジタルに感じているメリットは、トーン処理など一括で作業ができること。デメリットは質感を描き込むのが難しいことでしょうか。線が一定でキレイになりすぎる。
デジタルによって目新しい表現などができれば有意義なのでいろいろやってみます」
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2017年にフルデジに初挑戦したという『ヤンキー君とメガネちゃん』『山田くんと7人の魔女』の吉河美希先生も、
「板タブを選ぶなら奮発して手描きに近い液タブにすべき」
「アナログに慣れる時間があるなら最初からデジタルにかけた方がいい」
と勧めていました。
初期費用の高さに尻込みしてしまいますが、液タブから始める漫画人生も全然ありなのです。傑作を生み出すのは道具ではなく人であり、どの道においても漫画表現との悪戦苦闘の日々は待っている——その上で肌にあうツールを選んでいきましょう。
さて、デジタル漫画連載もここで本編終了。
次回は<番外編>として吉河先生のインタビューを掲載します。マガジンで10年以上連載してきたプロ漫画家が体感したフルデジの良し悪しとは、あらためて気づいたアナログの良さとは——忌憚なく話してもらったのでお楽しみに。
<週刊少年マガジン連載作品がWEBでも読める!>
▼『ヤンキー君とメガネちゃん』第1話
▼『ワールドエンドクルセイダーズ』第1話!
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(終わり)